プラチナは、その特性が「純粋性、希少性、永遠性」という言葉で表されます。ホワイトゴールドと違って、日常生活の中で変質・変色等の化学変化の心配がありません。いつまでも美しく輝き続けてくれるのです。プラチナは、純度が高ければ肌にやさしく、アレルギー反応を起こしにくい貴金属なのです。そればかりか、プラチナは強度とともに粘り気があり、わずか1グラムの容量で2キロメートルに引き伸ばすことができるのです。プラチナは比重が高い貴金属ですので、この伸直率を利用して製造されたプラチナネックレスは、その重さもフィット感に溢れたものです。温泉の硫黄分やプールの塩素、汗などに変化することがなく、いつでも安心して身につけることができてしまうのも嬉しい事で、それだけに愛着が湧いてくるのです。とは言ってもプラチナ ネックレスでも、他の貴金属と同様に表面に傷がついたり、長く身に着けていると表面に独特のつやが出てきたりします。簡単な汚れは他の貴金属と同様に、中性洗剤を溶かしたぬるま湯に浸して、汚れを落とすことが出来ます。宝飾専門店で磨き直して貰えば、プラチナ本来の光沢が戻ります。

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プラチナ ネックレスの歴史

プラチナ ネックレスの歴史という見出しにしましたが、ネックレスの歴史においては、プラチナ ネックレスは新参者でしょう。これまで考古学者はネックレスは
石器時代にあたる4万年前ころに貝殻、骨、石や動物の歯などを素材として発生したとしてきましたが、南アフリカの洞窟を探索していた学者は、2004年にネックレスのように並んだ41個の軟体動物を発見しました。これがネックレスの起源であるとすれば、ネックレスの発祥は7.5万年前!!!ということになるのです。紀元前2500年には、早くも金が首飾りとして登場します。古代エジプトではビーズ状のシンプルなものから胸筋タイプへと進化しますが、男女の分け隔てはありませんでした。古代ローマでは装飾用や死者の弔いに供えられる金の量が法令で定められ、1世紀ころにはローマでは宝石の原石を加工したものが台頭してくるのです。2世紀の終りに金に穴を開ける技術が発明され金の鎖が
生産されるようになります。2〜3世紀にかけては、ネックレスは身分や己の裕福さを顕示するものとなりますが、それ以降、数世紀にわたりネックレスの人気は一気に下降します。14世紀の後半にネックレス人気は再燃し、今では一般人でも気軽にネックレスを楽しむ時代になりました。

プラチナ ネックレスのプラチナとは

プラチナは、古くは古代エジプト第18王朝時代にファラオの装身具として僅か
ながら利用されていたようです。古代エジプト第18王朝時代と言えば、紀元前1292年〜同1570年です。プラチナの融点は1772 ℃ と、とてつもなく高いので、粉末状・粒状にして今で言う粉末冶金と呼ばれる方法で成型していたのではないかと考えられています。10世紀頃には、南米でも装身具として利用されていましたが、その純度は80%とは言え南米では、この時期に既に精錬技術を有していたというのは驚きです。高度な精錬技術を持たないスペインが南米を侵略した16世紀には、プラチナを銀と思い持ち去りましたが、加工することが出来ずプラチナは偽銀として破棄されたようです。「豚に真珠」ならぬ「スペイン人にプラチナ」だったわけです。時を経て18世紀にスペインの海軍将校がピント川河畔で、多分多量に破棄されていた銀に似た白い金属を発見し、本国に報告し、これでプラチナは偽銀からプラチナへと陽の目を見ることになります。それにしても、紀元前に最高の技術力を総動員してプラチナを装飾品として珍重した古代エジプト人と、プラチナを偽銀として破棄したスペイン人・・・時代は異なりますが、プラチナに対する2つの民族の違いは大きなものがあります。

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